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    「やあ、君か」

    「それぢや、向ふの座敷へ行つて少し休みませうか」

    房一はその「ごとき」といふ箇所にわざと力を入れながら、つゞいて、今夜の席に招かれたことを謝し、甚だ不本意ではあるが止むを得ぬ所用があるので途中から退席させてもらひたい、と述べた。

    と、練吉が引つたくるやうにとつてしまつた。

    「そうしてそのお松と言う女は?」

    「よし。――さうしとかう」

    「ほう、さうか。それはちつとも知らなかつた」

    「私も眠れなくて夜中に一度湯へはいるのですが、なんだか気味が悪るござんしてね。隣の湯へ溪から何かがはいって来るような気がして――」

    と、急に練吉が小耳にはさんで云つたのは、多分黙つて他のことを考へていたのだらう。

    「こゝの消防演習をやつたのだ。そんなに騒ぐことはない」

    「どれ一つ診ませうかな。――ふうむ、これあどうしたのかね、ハッパでやられたのか」

    川沿ひに細長く続いている河原町の通りは、地勢のせいでゆるい下り勾配をなしていた。所々で屋並みが切れて、そこには茶畑があつたり、空樽が乾してあつたりするかと思ふと、次の空地にはどこの家で使つているのか判らないやうな大きな井戸がその円く肥つた腹のやうな焼物の縁をたゞあつけらかんと日に照されていたりした。

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